自分のutigawa1

なぜか自分の内側をutigaqaと記したくなりました^^

先日、自分の中にかなりの我慢のエネルギーがあり、その「我慢」がいろんな自分の感情を飲み込み、嫌だといえず自分の気持ちを主張できず、いつの間にかあきらめて事を荒立てるくらいなら自分が我慢して背負った方がいいと自分自身に言い聞かせて過ごしてきた過去の出来事を洗いざらい思い出しました。

自分にとってはもう「過ぎたこと」であり「終わったこと」であり「過去のこと」であったため、なぜに今??と驚きました。どうやら先日の発達障害の番組で、発達障害の方々の周りの人たちの中でどう折り合いをつけ、自分を抑えて相手に合わせて生きていくか。。と試行錯誤しているというテーマを観たことから、自分の中にある周りに合わせて生きてきた過去の自分にリンクして刺激を受けたと思われます。

過去のいろんな出来事を思い出す中で、昔、子供の学校のPTAの役員決めがあったときのことがふと表にでてきました。その中で、あるお母さんが何枚かのレントゲン写真や診断書をみんなの前に差し出し、我が子がこういう状態であるためとても自分は今年役員になることはできない。だからどうか役員にならないことを許してほしいと土下座したことがありました。

私はその時とてもびっくりしました。 まず土下座というものは、私にとって最上級の懺悔であり、最終的な謝罪の仕方でもあり、そうそうできるものではないものです。それをしなければいけない空気を醸し出しているこのPTAの世界ってなんなんだろう・・・と心底思いました。そこまでしないと、「そんなことで」「みんな大変なんだから」と却下されかねない、容赦ないピリピリとした息の詰まるこの空間の中で、どんな思いでそのお母さんは土下座したのでしょう・・・私は確かにその場にいました。そして心の中でそんなことしなくていいよ!大丈夫だよ!と声をかけていました。でもその場でははっきりと声に出して「そんなことしなくていいよ」と言ってあげられませんでした。ウンウンと笑顔でうなづくしかできませんでした。

誰しもやりたくないことをやらなければならない・・そこまでしてやらなければならないのは、「子供のため」という大義名分があり、印籠のようにこれを高々と掲げれば、親はどんな状態でも役が回ってきたらやらなければならない。。。どんなに仕事が大変でも、どんなに肉体的に大変でも、精神的に苦しくても…

ある意味異常な世界ですよね・・でもそれをみんな我慢している。みんな我慢してやっているんだからできるでしょ?という異様な世界の中で違和感を感じながらも耐えて引き受けている・・・みんながみんなではないと思います、役員を楽しんでいる方も中にはいらっしゃいます。でも人によっては人とコミュニケーションをとることが苦手で人の集まりに参加したくないと思う人もいます。仕事が切羽詰まっていてそれどころではない人もいるかもしれません。それでも役が決まったのならやらなければ許さない!それが当たり前だとなんとなく思っている風潮がありますがある意味異常な世界ともいえます。その異常さに気づけない私たちはその世界の空気(エネルギー)に大いに支配、影響されてしまっているといえます。

以前私が別のブログでシェアをさせていただいた話とつながりますね。 それはある新聞社の方の講演での話です。彼が大学時代、まだ学生運動が盛んだった時代。その学生運動が激しくなり暴動になったことがあったそうです。彼はその様子が偶然見える教室からその状況を眺めていました。暴動は激しくなり、それを抑える警察部隊とぶつかり合い、多くの学生が負傷し血を流して倒れ込んでいました。するとその奥から陸上部なのか大学の体育系の部活生が一列になって掛け声をかけながらランニングしてきたのだそうです。その新聞社の彼は、きっと彼らが負傷した学生を助けるのだと思ったそうです。しかし実際は違いました。さわやかに「ファイト!オー!」と掛け声をかけながら近づいてきた部活生たちは、血を流している同じ大学の生徒達には目もくれずまっすぐに前を向いてそのまま倒れている学生たちの真横を走り去っていったのだそうです。カメラをズームアップしてみれば、部活をがんばる生徒たちのさわやかな一面が感じられる風景。。。しかしずっとカメラを引いて全体を見ると明らかに違和感のある光景を見ることができる・・・先ほどまでさわやかに感じられた部活生たちが、とても気味悪く見える・・・

その時、彼が言った言葉の中で真実は一つではないということ。そして、ある方向から見れば素晴らしいことでも、別の方向から見ると全く違う真実を発見するかもしれない。常に私たちは柔軟でいることが大事だ・・というものがありました。

私たちの生活の中でもこれはとてもとても必要ですね。

日常の中で、仕事や子育て、人とかかわる中でいつの間にかカメラのレンズが近くに寄りすぎて何が大事かがわからなくなり感情に流されて巻き込まれて苦しくなってしまう・・そんなことありませんか?

そんなときに、ふと我に返り(これ大事です)いったん立ち止まり、深呼吸して自分自身に還り、レンズを引いて全体像を眺めてみる・・・すると案外、すんなりと解決策が出てきたり自分の気持ちが楽になったりするのです。答えも気づきもさまざまな角度から見ることで違ってきます。それを受け取るかとらないかは自分次第です。自分が素直に納得できるものを受け取るだけでいいのです。きっとそれが今の自分にとって大事な気づき(学び)なのでしょう。

utigawa2に続きます~