何度も何度も自分に落とし込む

LyraHouseのアメブロにもシェアさせていただきましたが、こちらでも同じ内容の一部を紹介させていただき、その後のことも書かせていただきたいと思います。

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これまで次男を通していろいろな気づきがありました。私の次男に対する思い込みがどれだけ相手を縛ってきたか・・・これは、私だけではなく多くの母親の意識の集合体にも同じことが言えるように思います。そして今回の解放はその集合体の意識の解放にもつながっていると感じています・・・

先日、私のお腹の中でざわざわする生き物がいるような感覚がありました。

しばらく手を当てて耳をすませていくと・・・

とてもじゃないけどここでは出せない罵詈雑言が、ゴジラが吐く放射熱線のようにゴオオオ~~~~!!!っという轟音とともに吐き出され始めたのです

「ふざけんな!!!」はまだ全然きれいな言葉で(笑)かなりの巻き舌入りの罵詈雑言が次から次へと吐き出され、

中には

「バカにするな~~~~!!」「見下すな!!」「無視すんな~!!という言葉もありました。

 

その時ハッとしました。

この言葉のすべては、誰か・・・ではない、他の誰でもない自分に!自分自身に向けられているということに気づいたのです。

 

私の内側の自分は怒っているのです。

ここまで自分をコケにされて、ここまで自分をバカにされて

ここまで自分を能力がないと決めつけられて

ここまで自分を責め立てられて

ここまで自分を無視されて

誰でもない私が、内なる自分をコケにし、バカにし、無能だといい、責め立てて

無視していたのです  ずっとずっとずっと・・・

もう悲しいとかつらいとかを通り越して怒っているのです

怒りがもうただの怒りではなく憤怒と化しているのです 業火のごとくメラメラと燃え上がり、私の内側を焼き尽くす勢いになっているのです。

この時

この出来事よりさらに前に、瞑想中、次男が私の前に現れて私に言った言葉

「僕は母さんが思っているほどバカじゃない」

「僕は母さんが思っているほど無力じゃない」

を思い出しました。

この言葉もすべては私自身に対するものだったのです・・・

僕・・は、結局のところ「私」のことで、母さん・・は「自我の私」なのです。

「僕は母さんが思っているほどバカじゃない」→「私は、自我の私が思ってるほどバカじゃない」

「僕は母さんが思っているほど無力じゃない」→「私は、自我の私が思っているほど無力じゃない」

最近の私はそれなりに自分を大切にしていると思ってきました

しかし

全然大切にしていなかったのです

自分を抑えて相手を優遇したり 我慢することは当たり前でした。むしろいいことだと喜びすら感じていました

家族のために尽くすことは当然だと信じて疑いもしませんでした

気を遣う相手の顔色を見て言動に気を付けることも仕方のないことだとあきらめてきました。自分に自信がなかったり自分をすぐ責めたり、ダメ出ししたり、自分に厳しすぎることも、人から指摘されても「いやいやもっと頑張ってる人たくさんいるから」と頑張っている自分を認めようとしませんでした。

でも

本当の私 内なる私は たくさんたくさんたくさん

傷ついてきたのです

何に?

内なる私の本当の気持ちに気づいてくれない「私」に対してです。

「どうして気づいてくれないの?どうして私を無視するの?」

「私のこと嫌いなの?」

「もっと私を信じてよ!」

「もっと私を認めてよ!」

「ダメだなんていわないで!」

「もっとがんばれなんていわないで!!」

まだまだ出てきます。

これらの悲痛な言葉が出てくる前は、もう怒り怒り怒りでした・・・

私が語り掛けても 何をいまさら!!という感じで取り付く島もないとはこのこと・・・

それでも何度も何度も「ごめんなさい」と謝り 吐き出される怒りを味わい尽くしていると

ようやく「やっと・・・やっと気づいてくれた」

という言葉と共に、上のような言葉がポロポロとでてきたのです

次男の出来事は、私の内側の世界を投影したものだったのです

だから次男の幸せを見るなら 私の内側の自分がまず幸せにならなければならないのです・・・

すべての私の周りの問題は 私の中にあって

私がすべきことは 心配することではなく 次男のために周りと戦うことでもなく

自分の内側と対面し、内側の発する言葉に耳を傾け、ため込んでいる感情をしっかり

味わい解放してあげることだったのです・・・

すべては自分  答えは自分の中にある  これって真理だなぁ。。と改めて感じました

 

このことに気づいてから  この日だけでなく 内側の私との対話は毎日の日課となりました。

この内側の私はインナーチャイルドとも言えますね・・ロウアーセルフともいわれます。これまで何度となく見てきたつもりでしたが、、、そのまんま「つもり」だったのだと今ならわかります。

まだまだやさぐれている内側の私・・・

もう大丈夫だと思ったところで お試しのような出来事が私を揺さぶります。宇宙もちゃ~んとわかってますね。揺さぶるポイントが子供のことだってこと・・オミトオシなんです^^

あの手この手を変えて、長男であったり、次男であったり、三男であったり、姪っ子甥っ子であったりと私の周囲の人たちに演技をさせて、私に見せてくれます・・・

 

もう大丈夫ですか?

揺らぎませんか?

 

宇宙の愛を感じられていますか?・・・・と。

 

 

そのことに気づく時は、とても自分が宇宙とつながっていることが感じられているときです。つながりが切れていると怒りや悲しみや恨みなどの感情に振り回されて周りが見えなくなります。

しかし、ここまで、こんなにまでして「大丈夫?」と何度も確認し、何度も伝えてくれている宇宙の理を深く味わってしまうと

 

ああ・・・私はこんなにも深く愛されていたんだ・・・

 

 

とじんわりとした喜びが胸に浸透していき、もう泣きたくなるのです。泣きたくなるほどありがたくて、ありがたくて、うれしくて、ほっとして泣きたくなるのです

 

周りは自分の鏡と聞いたことがありますが、これは真理だと思います。

 

お試しは一度ではありません。何度も何度も 私が(あなたが)芯から納得するまで細胞にエネルギー体の細部にまで愛で満たされるまでこれは続くのです。

 

やっぱり「愛だなぁ~~~」とうれしくて泣きたくなります